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松尾法律事務所
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ブログ

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福井人権大会宣言

2016-10-09
 福井市で行われた人権大会に行ってきました。そのときの感想について,長文ですが,あまりにも驚いたことがあったので,ブログで紹介しておきます。
 例年は,人権大会前日に行われるシンポジウムには参加しますが,人権大会当日はサボって観光に行くことの方が圧倒的に多い私です。しかし,今年は死刑廃止に関する宣言について議論されることになっていたので,きちんと大会当日も参加してきました。
 私自身は,裁判は,人が裁くものである以上必ず間違いは生じうるものであり,えん罪の危険性がある以上,死刑には絶対的に反対という立場です。飯塚事件の弁護団の一員ですし,ハンセン病の問題を勉強してきて,菊池事件に触れてきたということもあります。日本でも死刑事件で再審無罪となった事件が4件ありますし,袴田事件の例もあります。戦後直後の混乱期だけでなく,平成に入ってからでも,(死刑事件ではありませんが,)足利事件や東電OL事件などといったえん罪事件があります。
 えん罪によって無辜を死刑に処すことは,国家が,死刑の名の下に,普通の市民を殺人してしまうことにほかなりません。そんな危険性があるのに,死刑など残していてはいけないと思うのです。
 今回,人権大会での反対意見を聞いていて,私の中でもとても議論の整理(気持ちの整理)ができたと感じました。

 今回,強い反対論を述べた多くの方は,とても感情的で,理論的ではないように感じてしまっていました。しかし,ずっと聞いていると、ある意味,感情的に受け取られるというのはとても正しい立論であり,理論的に一貫していると感じるようになりました。なぜなら,反対論は,犯罪被害者の被害感情に基づいて反論をしているのであり,理屈の部分というより,感情の部分に根ざしているからです。被害感情は,まさに「感情的」であり,理屈でないからこそ説得力があると思ったのです。
 弁護士・弁護士会としても,犯罪被害者に寄り添い,被害者感情を理解した被害者支援活動を積極的にやっていかなければならないと強く感じました。(ちなみに,私自身田舎の弁護士なので何でもやります。刑事事件専門とか犯罪被害者支援専門などということはありません。刑事事件は数多くやっていますが,犯罪被害者支援活動もします。被害者の代理人として,加害者に対する損害賠償請求訴訟もやってきています。)
 ところで,死刑存置の意見を述べる方で,無理に理論的に展開しようとしたのか,あまりにお粗末な意見になってしまった方もいました。それらの意見は,むしろ,死刑存置の意見を持っている方も,「引いてしまう」ようなものもあったと感じました。
 特にひどかったと私が感じた意見につき3つほど紹介します。①えん罪が生じるのは弁護人の責任であること,②えん罪が発生した場合に真犯人を弁護士会が捜し出すべきこと,③母数の取り方によっては死刑廃止は世界の趨勢とはいえないことといったことです。詳細は以下で触れますが,この3つについてはすべて違う弁護士が述べたものです。被害者感情について,心に響く意見を述べた先生方の立論を台無しにする方も何人か出てしまったと感じざるを得なかったわけです。
 ①えん罪が生じるのは弁護人の責任
 これはあまりの暴論で驚いてしまいました。本当に弁護士なんだろうか,司法試験に合格したんだろうかと不思議に思いました。その弁護士の意見は,えん罪が発生するのは,弁護活動が悪かったのであり,きちんと弁護活動がなされていれば無罪になるのでえん罪など発生しなかったのであり,無罪を勝ち取れなかった弁護人の問題を棚に上げて,死刑廃止という不利益を犯罪被害者に押しつけるなというのです。
 この弁護士は,刑事の弁護人だけでなく,民事訴訟の代理人すらやったことがないのではないかと思ってしまいます。どんな事例でも,手持ち証拠が不十分であったとしても,必ず,真実に即した事実認定を裁判官にさせることができるなどと思っているのでしょう。しかし,そんなことなどできるありえません。
 特に刑事事件では,捜査機関に証拠が偏って存在していて,弁護人や被告人は有利な証拠があるかどうかすらアクセスることができません。(刑訴法の改正によって証拠リストの開示がなされることになることになっていますが,しかし,現段階では改正法はまだ施行されていませんし,リスト開示がどのような運用になるか不透明です。)これまで多くの事件で,刑が確定した後である再審段階になってはじめて,被告人にとって有利な証拠が隠されていたことが明らかになった事件など数多く存在します。さらには証拠がねつ造された(可能性のある)例については,村木さんの郵便制度不正事件の例をはじめ,静岡地裁が言及している袴田事件もあります。有利な証拠があることすら弁護人は分からないことが普通なのに,えん罪が発生するのは弁護人の責任なのでしょうか。
 また,捜査機関は,世界に悪名高い代用監獄を利用し,真実に反する自白を迫ることがあるわけですが,取調べは,可視化されておらず,弁護人の立会いも認められていません。可視化も,弁護人立会権もない取調べなど,多くの国ではできません。密室で,自白を強要して調書が作成されていくことも,弁護人の責任なのでしょうか。
 捜査過程で虚偽の証拠が作成され,検察官にとって不利な証拠はかくしておいて良い制度としているということは,国連をはじめ世界各国から批判されているし,日本の報道機関でも頻繁に報道されてきている問題です。にもかかわらず,えん罪が発生するのは弁護人の責任と言い切ってしまう弁護士が存在し,人権大会にやって来て,そのようなお考えを述べることがあるなんて,予想だにできませんでした。
 ②えん罪が発生した場合に真犯人を弁護士会が捜し出すべきこと
 この意見をいった弁護士は,まず「えん罪は犯罪被害者も望んでいない」ということから意見を切り出しました。その上で,「日弁連は,再審無罪が確定した場合など,えん罪被害者が釈放されて良かった,無罪が確定して良かったで終わってはいけない。真犯人を捕まえるために,日弁連は活動すべきだ」というのです。弁護士・弁護士会には,捜査権限などありません。えん罪が分かって再捜査すべきは,捜査機関である警察・検察です。
 この点,えん罪が確定したときの警察幹部のコメントなどが匿名で新聞に取り上げられることがあり,「今でも真犯人はあいつだと思っている。無罪になって悔しい」などといった趣旨のことが載ることがあります。それを読んで,「何言っているんだ。そんなことを言っている暇があれば,きちんと真犯人を捜し出せよ」と思ってしまいます。
 そのような考えが前提にあるからか,再捜査をはじめたという例は聞いたことがありません。公訴時効が来ていれば仕方ない場合もあるかもしれませんが,時効になっていないのに,捜査をしないのはおかしいと思います。
 その上で,捜査機関すら捜査しない状況下において,捜査権のない弁護士会が捜査しないのだから,弁護士会には死刑廃止をいう資格がないなどとは意味が分かりません。
 ③母数の取り方によっては死刑廃止は世界の趨勢とはいえないこと
 この意見は,多くの国で死刑廃止されていっていること,先進国で死刑が残されているのは日本のほかはアメリカの一部の州があるくらいであること,死刑を廃止している先進各国の国民からすると日本は野蛮だと捉えられることになることに対する反論です。意見をいった弁護士は,国の数を分母にして死刑廃止国が世界の趨勢といっているが,人口を分母にとると死刑廃止国は世界の趨勢とはいえない,母数の取り方によって,死刑廃止が趨勢かどうかはいくらでも変えられるのだから,世界の趨勢などというのはおかしいというものでした。
 この意見の前提を理解すれば,この意見が何を言いたいのか分かるんですが,これもびっくりする意見です。その前提とは世界最大の死刑存置国の1つが中国だということです。また,執行数は非常に少ないですがインドも存置国です。人口の多い中国やインドが死刑存置国だから,人口比で見ればまだかなりの割合で死刑が残っているといっているわけです。
 そして「母数の取り方」を変えるということについていえば,日本の位置する東アジアに目を向けると,世界最大の死刑国の中国だけではなく,姿勢が悪かったというだけで政府高官が死刑にされたという北朝鮮もあります。韓国が事実上の死刑廃止国なだけで,東アジアでは死刑が残っている国ばかりです。中国や北朝鮮といったような国に肩を並べるべきといっているのかと疑わしく思ってしまいます。
 ともかく,この意見は中国の死刑制度を肯定しない限り出てこない意見ですが,中国では贈収賄や薬物犯罪でも死刑になります。犯罪被害者が発生しない犯罪でも死刑になるわけです。中国の死刑を肯定するということは,犯罪被害者の被害感情に根ざした意見ですらなくなってしまうわけです。本当に,この意見を述べた方は,それで良いのでしょうか。
 さすがに人権大会では,驚くべきこの3つの意見には,あえて誰も反論までしていませんでした。私は,反対意見にも傾聴すべき点があると感じたので,反対意見の多くがダメだったとまでいうつもりはありません。しかし,マスコミで長時間の議論と紹介されていたけれども,議論は出尽くして,ここまでどうしようもないものまででていただけというのが実感です。
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